敏感肌コンシェルジュ

【体験談】ウィラードに出会い約15年 憧れだった普通の生活を楽しんでいます


 

「自分の肌は、周りの子たちと比べてあまりに違う」

私がウィラードと出会ったのは、高校を卒業して間もない18歳の頃。

アトピー性皮膚炎に悩み、家に籠もりがちの時期でした。「自分の肌は、周りの子たちと比べてあまりに違う」と自覚したのは小学校高学年。

それまでも軽いアトピーはあったものの、高学年になるにつれ症状がどんどん悪化。

心配した両親とも相談し、脱ステロイド療法、無添加化粧品…何でも試しましたが、期待通りの結果は得られず落ち込む日々。

 

 

何をしていても肌の綺麗な人が羨ましかった

鏡を見るのも辛い。

朝起きると身体が傷だらけで辛い。

中学時代には自分の肌のことで頭がいっぱいでした。

高校時代には幸い症状が改善していましたが、実は服に隠れた部分、手指には重い症状が残り、顔や腕に突然じんましんが出る厄介な体質に。

当時は悟られないように必死の毎日でした。

その頃の夢は、「綺麗な肌になって、普通の生活を送りたい」。

何をしていても肌の綺麗な人が羨ましかったのです。

アトピーを気にせず、ただオシャレしたり友人と恋愛話やショッピングを楽しんでいたかったのに…。

どうしても明るい大学生活を過ごせる自信がなく進学を断念しました。あまり人に会わず早く療養をしたいと思っていました。

 

 

Dr.ウィラード・ウォーターを知ったのは、そんな限界に近かった時期。

「いつまでこの生活が続くのだろう」毎日卑屈になり絶望する私に「もうこれしかないんじゃない?」と母親が勧めてくれた化粧品。

それがDr.ウィラード・ウォーターでした。雑誌でも見かけたことのあった「水」の文字と、シンプルなボトル。

「これが最後だ。これでダメなら諦めよう」と決意したことを15年経った今でも覚えています。

最初は潤いが追いつかず、これでもか!と重ね付けを繰り返す日々。乾燥はするものの沁みることなく快適な使用感でしたが、実は1ヶ月ほど経っても変化がなくむしろ悪化したように見えた時期も…。

落ち込みながらも「私にはもうこれしか試せるものがない」と、なぜか前向きな気持ちのまま、暇さえあれば全身にウォーターをシュッシュッとスプレーしていました。

 

 

そして約3ヶ月後。なんと肌のほとんどの部分が「普通」になっていました。

「完治」したわけではありませんが、アトピーであることを明かさない限り、人に気づかれることがなくなっていました。

半信半疑のまま友人と写真を撮っても、写った自分の姿はやはり「普通」。

信じられませんでした。その「普通」をずっと願っていました。本当に嬉しかった。

そして、その時点で人生のほとんどの夢が叶ってしまいました。

それからはもう夢の続きを見ているような気持ちです。

 

 

肌以外のことを考える時間を持てる普通。

痛みや痒みがないから、他のことに集中できる普通。

人生のほとんどの悩みを占めていたことがなくなった普通の世界は、最高以外の何物でもありませんでした。

それからは、普通肌の人たちはこんなに快適な生活を送っているのか…と驚きの日々。

今は旅行やライブ、ランニングなど働きながらアクティブに趣味を満喫する毎日を送っています。

 

 

 

あの頃の自分に「夢、叶っているよ」「普通に生活できているよ」と教えたい

今に至ったのは家族の支えや優しい友人に恵まれた事などが上手に作用した結果かもしれませんが、ウィラードに出会ったことで明らかに生活が快適になりました。

アトピー体質は完全に治ることはないと思っています。今でも季節の変わり目やストレスでトラブルが起こることもあります。

しかし、ウィラードがある今は安心感が違うのです。

肌トラブルの方を見かけるたび、話しかけたい衝動に駆られます。

辛さが分かるだけに安易に声をかけられませんが、絶対に良くなってほしい。諦めないでほしい。心の中で必死にエールを送っています。

いつか本当に、世界中の人から肌トラブルがなくなればいいと思っています。

 

 

「私にとって、あなたはまるで相棒のように、これからもずっと傍にいてほしい存在。」

これからの人生、喜びも悲しみもどんどん経験していくと思います。

いい時期ばかりではないかもしれません。

それでも歳を重ねることが、特に肌に関してはちょっと楽しみにさえ感じるのは、ウィラードと出会えたおかげです。

「Dr.ウィラード・ウォーターと私。」改めてこのテーマを振り返ってみて伝えたいこと。

「私にとって、あなたはまるで相棒のように、これからもずっと傍にいてほしい存在。」 これからも、どうぞよろしく!

めぐみさま(30代 埼玉県)